2005年12月31日

往来は混んでいた

今出たばかりの――行きの電車に追いつこうとして駈け出した浩は、とある本屋の傍まで来かかると、つい今まで自分のすぐのところで鈴を鳴らしていた夕刊売が、急にあわてた様子で身をよけたのに、フト注意を引かれた。足が鈍った。思わず振返った。そして何かから遁れるように両手で人波を掻きわけ掻きわけ、急いで行く後姿――どの売子もする通りに、社の名が染め抜きになっている印袢纏(しるしばんてん)を着て、籠を斜にかけた後姿――を眺めた。浩は、彼の驚きの原因を求めようとして周囲を見まわした。が、せわしい夕暮時に、何の特徴もない売子に、注意を引かれたのは、自分一人ぎりだと解ると、一層あの若者の挙動が怪しまれた。暫く立ちどまっていた彼は、やがて我ながら好奇心の強いのに、少し驚ろかされ気味になって、また歩き出そうとした。実際五六歩足を運びながらも、なぜだか心が引かれた。何だか自然と足が止まって、無意識に見返ったとき! ほんとうにその瞬間、チラッと見えて、隠れたあの若者の顔が、ほんの一瞥をくれただけではあったが、彼には見覚えがあった。忘れられない顔であった。
「杵築君だ!![#「!!」は横1文字、1-8-75]」
 浩は、張りきっていた弦(つる)が切れたような勢で駈け出した。今あの顔が見えたと思ったところへ来たとき、彼の姿はもうそこには見えなかった。
 人溜りのうちを彼は捜した。が、見えない。見つからない。人に聞こうにも何となし気が臆した。彼は力抜けのした様子で、立ちよどんでいると、さっきからその様子を見ていた年寄が、
「今の夕刊売かね? そんならホラ、そこの角を曲って行きましたよ」と教えてくれた。
 東京の大通りのかげには、よく思いがけないほど狭く、ごちゃごちゃと穢い通りがある。その通りもその一種で、細く暗い道一杯に、饐(す)えた臭いが漂っていた。ぼんやりした明りにすかして見ると、一ヵ処窪んだ、どこかの裏口らしいところに、むこうを向いた一つの影が立っている。
「あれだ!」
 また遁(に)げられては大変だという虞(おそ)れで、心が一杯になった浩は、恥も外聞も忘れて、四這いになるほど体をかがめ、どんなに昼見たら穢いか分らない道の片側にぴったり身を引きそばめて、息を殺して一歩、一歩と動いて行った。変則な緊張で彼はほとんど不愉快なほど、奇妙に興奮していた。視点がはちきれそうな鼓動と一緒に近づいたり遠のいたりするようにも感じられた。
 そして、終(つい)に手が届きそうな近くまで来たとき、浩は一飛びに飛んで、庸之助の着物の端を、どこという見さかいもなく掴んだ。驚愕の衝動が、彼の手のうちに感じられた。このとき、そのままそこに坐りこんでしまいたいほどの安心と、憎しみに近いほどの、強い強い愛情とで、浩の胸は震えた。片手で着物を捉えながら、彼は庸之助の手を捜した。そして握ると同時に「痩せたなあ!」という思いが、彼の心を貫いて走り、涙が一雫(しずく)ポタリと、瞼から溢れた。同時に彼の緊張しきった感情が、少しは緩められた。が、「何と云ったら好いのか!」彼には言葉が分らない。同じように体を堅くしながら、無言のまま二人は立っていた。
 都会の雑音が、彼等の頭上に渦巻き返っている。黒い犬が二人を嗅いで通り過ぎた。

熊本風俗
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2005年12月29日

自分で自分をどう処置して好いか

解らないほど、強い激しい、内心の動揺や争闘に苦しみぬくとき、浩はあまり辛いと、ただの一秒でも好いから、何も思いも感じもしなくなってみたいと、冗談でなく思う。何一つ音のしない、物のないところに、目を瞑(つぶ)って坐っていたくなる。けれどもそれならばといって、続々起って来る疑問や感激や思想の変化に伴って来る一種の不安定さなどを、回避しようかといえば、そうではない。彼の衷心では努力、ただ努力と絶叫している。「どんなに辛くても辛棒しろ。じッと踏みこたえて前へ進め。努力、お前を改善するのは努力だけだぞ! しっかりしろ我が若者!」極度な静寂を求める心の一面には、高々とこう叫ばれる。「そうだ! ほんとうにしっかりしろ、我が心!![#「!!」は横1文字、1-8-75]」彼は感激して涙をこぼす。ますます努める。彼の心は苦しむ。いよいよ苦しんで突き通るべきいろいろのものにぶつかる。
 それ故、彼はどのような苦痛――外面的にも内面的にも――が現われようが、それに負けて引き下る自分を予想し得ない。従って彼は何事も諦めきれない。失敗した人が、どうせ駄目なことは第三者の目から見れば明白なのに、「新規蒔きなおし」に遣りだす心持はよく分る。ネロが、短剣を胸に擬してまでも自分が今こうやって死ななければならないことを諦められなかった心持を思うと、浩は、男らしくないとか卑怯だとかいうことを通り越して、ひしひしと自分に直接な共鳴を感じるのであった。それ故、庸之助がまた上京し、Sへ勤めようとすることは彼に充分同情出来た。
「それに、あの人は、何も自分自身を見捨てる理由はないのだ。どうぞうまく、まとまれば好いがなあ……」
浩は、庸之助の体を、高く高く両手に捧げて、ドシドシと大きな広い公平な道を歩いて行きたいような心持がした。けれども、庸之助が働かなければならない普通の世間では、庸之助の父親は「罪人」――浩は、「罪人」と云うとき、例えば「あいつは一度牢へ入って来たんだとさ」と云うとき、一種異った表情を大抵の人は現わすことを、認めている。――で、庸之助のような「罪人の息子」は自分等の仲間に入れて置かれないように考えられている。
 多勢子供達が遊んでいる。「鬼ごっこするから、お――いで。鬼ごっこするからお――いで!」歌いながら、手を組み合って、仲間を集めているところへ、弱いおとなしい子が来かかって、入れて欲しそうな顔をする。歌っていた子達がそれと見ると、急に丸くなって「ねっきりはっきり、これっきり、あとから来る者入れないぞ」と叫びながらまとまってしまう。除(の)けものにされた子供は、そんな仲間を憎まないだけ心が善くなるか、それ等を向うに廻して勝つだけ、悪くも強くもなるかしなければならないようになって来る。
 庸之助の現在の位置は、そうではあるまいかと、浩は思った。大きな会社とか商店とかいう、希望者の多いところでは、彼一人断わるということに何の痛痒(つうよう)も感じないのだ。世間多数の人々を対手にして行くには、対手になる人がちょっとでも不安や不愉快に思うものを、たといそれがどんなに些細なことでも、保持して行くことは、会社として商店として不得策なことは、彼にもよく分っている。「取締りの人は、彼を弁護し、或は賞揚して置いたかもしれない。けれども突然彼が辞した理由を説明すれば、万事は定まってしまう。ほんとにもう何も云うことはないというほど、きっぱり定まってしまうのである。」彼は、妙に悲しいような、大きな愛情と大きな反感に縺(もつ)れた心持に打たれたのであった。
 それから二度ほど、めいめい違った会社や商店から、庸之助に就ての間合わせが来た。それが若い者の仲間に知れわたると、まるで彼が生きているということからが、既に自分等に対して僭越であるような、冷笑(ひやかし)や罵詈(ののしり)が、彼の名に向って浴せかけられたのである。
 浩は、非常に不安であった。この東京の中に、次第に悲境に沈みつつある? 自分の親しい友達がいる。自分の目から遁(のが)れていると思うだけで、非常に心が平らかではなくなった。始終心の隅に、彼の名と姿がいろいろな想像を加えられて重く横たわっていたのである。

沖縄風俗
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2005年12月28日

   八


 それから間のない或る日のことである。
 商品の新荷が到着したばかりのK商店は大混雑をしていた。裏の空地で多勢の人足が荷を動かす掛声、地響、荷車の軋(きし)り。倉庫へ運び込む一騒動(さわぎ)、帳簿との引合せなどで、店員は大抵表や裏に出払っている。好奇心に馳られて、太い長いボールトで押しつぶされそうになるのも知らないで、覗いているたくさんの子供や子守を追いはらうだけでさえ一役であったのだ。
 浩は平常の通り自分の机の前に腰かけて、帳簿を整理していた。外界から来る雑駁(ざっぱく)な刺戟と、内心のかなりに纏(まと)まっている落着きが、皮膚の表面で混乱しているような心持になりながら、彼は指の先を汚して――浩はペン軸のごくの下部を握るので人指し指の先と中指の第一の関節をめちゃめちゃに汚す癖を持っている――せっせと数字を書き込んでいると、突然大きな音を立てて電話が鳴った。彼は頭を上げた。
「誰かいないかな?」目で捜(たず)ねたけれど、自分を措いて誰も見えないので、浩はいつもの癖通り左の耳に受話機を取りあげた。
「モシ、モシ、あなたはK商店ですか?」
 太い声が、最初のモシ、モシと云うのに、非常に抑揚をつけ、区切りを切って呼びかけた。Sという大きな会社の庶務から、取締りに出て欲しいと云うのであった。Sというのは、平常店とはほとんど関係のない会社なので、解せない顔をして出て行った取締りは、かなり長く何か話していたが、やがて帰りしなに浩の傍を通りながら、「杵築のことを訊いて来たよ」と一口云って、そのまま行ってしまった。
「杵築のこと?」あまりいきなりだったので訳の分らなかった浩は、暫く考えているうちに、就職のことについて問い合わせがあったのだということが解った。
「就職? それじゃあ東京に出て来たと見えるなあ。Sの事務に入ろうとしているのだ!」
 そう思うと同時に、彼は取締りが何と云ったかということが非常に不安になって来た。庸之助が自分の一生に見切りをつけてしまい得なかったということが、一面非常に嬉しかったと共に、何だか痛ましいような気もした。
北陸風俗
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2005年12月26日

苦しい思いで埋まったような

毎日を送りながら、浩はフト思いついて、万朝に短篇の小説を投書した。腕試しということもあるが、賞金を一層彼は望んでいたのである。けれども、結果は反対になってしまった。掲載され、金を送られてみると、彼にとっては、待ちに待っていた十円よりも、掲載されたということの方が倍も倍も嬉しかった。彼は興奮した。以前から、単に趣味というよりは、もっと喰差さった愛情、畏敬を持って文学に接していた彼は、このことで彼の境遇としてはかなり大きな励ましを得たのであった。
 十円。持った瞬間彼の頭のうちには、買いたい本がずらりと並んでおいでおいでをした。けれどもすぐその晩、浩は、お咲の手にそっくり渡して来てしまった。
 その次にお咲や孝之進などに会ったとき、浩は足の裏がムズムズするような気がした。「あの自分にとっては、忘れ難い十円を皆のために手離したのだ。よかった。けれども……?」彼は誰か何かそれに就いて云い出しはすまいかと思った。そして、心のどこかで待っていた。が、帰るまで終に一言も、それが云い出されなかったときには、安心したような物足りないような心持が、一杯になっていたのであった。
 浩の十円は、役には立ったに違いないが、孝之進の苦労を軽めることはもちろん出来ない。彼は窮した。そして終に高瀬という、先代からの知己で、浩の身の上も心配していてくれる家に、月十円ずつの出費を頼みに出かけた。
 主人夫婦は非常に同情した。丁寧に相談に乗って、
「どうにかしてはあげたいが、何にしろ月十円ずつ、限りなくということは、なかなか難かしいことだから」という言葉が繰返された結果、或る一つの案が出された。それは、孝之進のいる村の、Mという物持ちの先代が、企業の資本としていくばくかの金を、高瀬から借用したままになっているから、それを返済させるように骨を折ってくれれば、互に借りるとか貸すとかいう心持なしで、相当な費用を出してあげられるというのであった。その金額は大きかったが、現在のM家の経済状態では何でもないことであった。成功する望みが、孝之進の目にさえ明かなものであった。

関西風俗
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2005年12月25日

木賃宿に近いほど

下等な旅館の中二階で、昼飯がわりの焼薯(やきいも)を、ボツボツ食べながら、庸之助は身の振り方に迷っていたのである。
 けれども父親の上京などで、せわしい日を送っている浩は、庸之助が浅草の一隅で、そんな風にしていようとは、もちろん知ろうはずもなかったし、考えられもしないことであった。彼は、病院と父親のいる小石川の家との間を、いろいろな用件で往復していたのである。
 このごろになっては、もうお咲も、良くなるだけよくなりきってしまったような容態であった。重く考えている浩にも、彼女の顔色や髪の艶などは、以前よりも健康らしくなったことは否めない事実である。こうなってからまで病院の世話になっているのは、金持のすることだという皆の思いが、やがてお咲自身にも退院を思い立たせた。医者も止めはしなかった。これから先の治療は、彼等が工面し、掻き集めて出す費用に匹敵するほど、現われた効果がないので、ちょうど孝之進の目が、どうせは盲目になると定まってからは、無理でない程度の読み書きを許された通りの心持なり事の成り行きなりが、お咲の上にも繰返されたのである。退院したとはいっても、一月に一週間ずつ入院して注射を受けなければならない条件つきであった。それ故、その毎月に一回ずつの入院費の支出に就ても、彼等はまた工夫しなければならない。自分のためにせずとも好い借金をさせたり、相談をさせたりすることに、すっかり気がひけて、家中の者に気がねしているお咲を見るのが浩には辛かった。この金目のかかる病人一人を抱えて、家の者は一人として、そのような言葉を口にこそ出さなかったけれども、互の顔が合うたびに、目と目が言葉にしないこういう心持をつぶやき合った。――家中がどんなに、湿っぽく暗くなっているか解らない、これというのも皆あれのおかげだ。浩は金が欲しいと思った。二十円でもまとまった金があれば、今の皆の心がどんなに引き立てられるかしれないし、また姉にしろ、身を削るような涙をこぼさずとも済む。金があったらなあと、はっきりつぶやきそうにまで、ほんとうに強く彼は思った。けれども十五円ほか月に貰わない――それもようよう今年の四月から――で、貯蓄などは出来ないのに、二十円はおろか五円だって、右から左へ動く金は持っていない。今までだとて浩はもちろん、決して豊かな若者ではなかった。けれども金には――ただ本を買う場合を除いて――すべてのときかなり、さっぱりしていた。が、年を取り、衰えきったような父親が、苦しそうな思案に暮れているのを見ると、また、姉が啜泣きながら、「こんなに辛い思いをかけたり、自分でもするくらいなら、私ちょっとも癒りたくなんぞなかったわ」と云っているのを見ると、浩の心は乱された。どうにかしたいと思った。店で、帳簿に何万何千という金額を幾通りも幾通りも記入していると、浩には余り多過ぎて、平常ああやって通用している金なのだとは思えないような気がした。
仙台風俗
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2005年12月24日

       十三

浩はこのごろになって、しきりに庸之助と自分との関係を考えるような心持になっていた。それはもちろん、あの晩ああいうことがあったのが原因になってはいるが、父親を見たり、姉を見たりして、各自の生活の型ということを感じて来たのにもよるのである。
 浩は普通にいわれる親友というのは、大嫌いである。互に知っていたところで、何にもならないことまで打ち明け合う。遠慮なく打ちあけ合うということは大切な、ほんとに行けば嬉しいことではあるがそれが、義務のようになってくると、浩には堪らない。そして、相談し、進み合って行くのならまだ好いけれども、あの男のことに就いて、自分は他の誰よりも委しい事情を知っているということが、たとい漠然としていても感じられて来ると、悪い。親友というものは、かくあるべきものと、定義を下されて、教育されて来たのだから、とかくその定義として挙げられてある条件を欠くまいとする。互に親友がっているのは大嫌いであった。それ故、庸之助に対して、一度も彼は親友だと云ったりしたことも、思ったことさえもなかった。が、「このごろの自分の心持を考えてみると、少し安心できない節々があった。庸之助の生活――彼自身の境遇から来る、必然的な生活条件を持って、彼にほか解せない、絶対的な彼の生活――というものを、考えていながら、考えないと同じようなことを、感じてはいなかったかということなのである。何んだか今まで自分が、彼を他動的に、彼の生活の型から脱しさせようと焦っていたのではなかったかなどとも思った。はっきり、彼の苦労の形式と、自分の苦労の形式とは違ったものでよい。ただ互に苦しい思いをしているのだということを認めて、堪える心を励まし合って行けば好いということを、感じていればよいのだが。それが疑わしい。きっと自分は、庸之助のいろいろなことが、自分の理想からみると、あまりかけ離れたもののように思っていたのだ」浩は、彼自身が折々感じている、迷惑な同情を、庸之助にもかけていたような心持がした。庸之助の前へ出ると、自分の人格全部が試みられているような不安を感じていたことも考えられた。そして、或るときは、庸之助は、自分の試みのために現われて来た者ではないのかと思ったりしたことも、すまない気がしたのである。何も特別なことは要らない。ただ自然に、正直であれば好いのだと、思うと、かなり久しく会わなかった彼にも、よけい会いたかった。けれども、二三日前から、お咲の帰国の話が出ているので、心に思いながら、わざわざ出かけて行く暇がなかったのである。
西川口風俗
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こわばった舌で、

辛うじてこれだけ云うと、彼は早速暇(いとま)をつげた。
 どこをどう歩いているのか解らずに、ただやたらに足を動かしていた彼は、しばしば「冤罪(えんざい)だ! 実に恐ろしい冤罪だ!」とつぶやいた。けれども、何か心の中で、ヒソヒソと、それを否定している響があった。
「冤罪だ? お前の父親が?」
 通る者の誰も誰もが、自分の顔を見ては、微かながら、侮蔑的な注目を与えて行き過ぎるのを彼は感じた。
「お前かい? 息子というのは……」
 どの目もどの目も咎める。身の置場のないというような不安が、始めて庸之助の心に強く強く湧いたのである。永住の地と思い定めて帰った故郷も、やはり今の自分を安らかに、落付かせてはくれぬ。狭量な、無智な批評の焦点となろうよりは――。どんな人間でも匿(かくま)う穴や、小道の多い東京へまた戻る決心をした。
 もう再び踏まぬかもしれぬ土地と離れるときに、せめて父親にでも会って行きたかった。監獄の門まで行ったことさえあった。が、考えて見れば、「公明正大」とあんなに書いてよこした彼が、赤衣を着、鎖につながれた姿を見ることは、また見せることは互に、何という辛いことか、たとい冤罪にしろ(庸之助は冤罪という字を見ると、心がグーッと圧しつぶされた。)余り苦しすぎる。恐ろしい。とうとう面会を断念して彼は、僅かでも二人の間に、「何がほんとだか解らないもの」を置きたかったのである。
 東京へ一足踏み込むと同時に、すべてを諦めてどこかの職工にでもなろうと思って来た、彼の心は動かされた。名誉心、功名心を刺戟するあらゆる事物が、年若い彼を苦しめ、虐(さい)なんだ。自分よりもっともっと学問のない、力のない者まで、社会の表面で相当に活動しているのを見ると、今更自分をさほどまでに見下げることも、躊躇(ちゅうちょ)された。たといのろのろとではあっても、周囲の若い者達が出世の道をはかどらせているうちに、自分一人わざと取り残される必要もなく思えた。
韓国風俗
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2005年12月23日

「太陽のような心を、

ちょんびりでも持っていたらなあ!」としみじみ思う。と彼は祈りたい心持になる。そういうとき彼は何か自分を愛撫し、激励し、叱※して下さる「気」があることを感じた。太陽そのものでもなく、今までのたくさん人格化された神という名称で呼ばれるものでもない。ただ「気」である。音もなく、薫香(かおり)もなく、まして形はなく、ただ感じ得る者のみが感じる「気」なのである。彼はその「気」の霊感の前には飽くまでも謙譲であり得た。涙をこぼしながら、どうぞ自分が、ほんとうの一人の人間として善くなりますようにと祈った。そしてどんな苦しいときでも、男らしく辛抱して、遣れる最上を致しますと心のうちにささやくと、疲れた心も奮い立った。進軍の角笛が、高く、高く鳴り響く。心も体も、しゃんとして働ける。
 浩は元来、仏教も基督教も信じてはいない。無宗教者であるともいえる。けれども、彼の衷心の宗教心は非常に強い。強いだけ、それを全然満足させ得るものを彼の考えでは見出せなかった。けれどもいつとはなしに、彼の感激を得るようになってから、強いて自分を何々信者として期待しなくなった。十分自分を慰め、励まし、同時に心から悔い改めさせるものが、あればそれでよいと思った。人々が一定の宗教に入るのも、この感激を得るためではないのだろうか? 彼は、彼にとって絶対な感激の本源を認めて安心出来たのである。
岡山風俗
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けれども、もっともっと自分が努めて、

心を練り、善くし、賢くしたら、腹を立てることも、憎むこともなくなる――例えば、Aという金持の男と、Gという貧乏のどん底にいる男がある。Aが、何の働きもせずに、それでいて立派な生活をしているのを、いくら働いても食うだけのことも出来ないGが、「ああ羨しいなあ」と思い、やがては、狂的な嫉妬で、Aを殺してしまう。金を欲しいのでもない。GにはただAの面を見ると癪(しゃく)に触るという心だけが強かったのである。Aの家族は悲しむ。Gを憎む。出来るだけ酷刑に処してもらいたいと思う。が、死刑にされても、まだ足らなく思う。こういうときに、Gの心持も、Aの家族の心持も、どちらも肯定され、理智的ばかりでなく、ほんとうの心から、両方ながら憎む念などはない――というようになるはずなのかもしれないとも思った。がそれは大変むずかしいことだ。
「すべて好い……」という言葉を思い浮べて、彼は涙をこぼした。

        七

 ちょうどこのとき、東京駅には、下関発の急行列車が到着した。彼等の頭を押し潰されそうに、重苦しく陰気な通路から、吐き出されたたくさんの旅客の中に混って、庸之助の姿が見えた。小さい鞄を一つ下げ、落着かない目で周囲を見まわしていた彼は、やがて飛び出すように雑沓するうちを、かき分けてどこかへ行ってしまった。都会の中央の、この忙がしいうちで、何の奇もない、田舎者丸出しの一青年の彼に、注意を引かれた者は、ただの一人もなかった。
 庸之助は、あの日に東京を立つと、ほとんど夢中で故郷の小さい町まで運ばれて行った。そして、停車場へつくとすぐその足で、かねて見知り越しであり、今度の父親の事件に関係した某弁護士を訪ねた。職業から来る、おもおもしいまた、幾分傲慢のようにも思われる弁護士の前に、息をつめて立っている庸之助の、煤煙や塵に穢(よご)れ、不眠で疲れきり、青黒く膏(あぶら)の浮いた顔は、非常に憔悴(しょうすい)して見えた。
 弁護士は、一通り形式的な同情を表してから、事件の説明にかかった。彼の言に依れば、今度の事件の陰には、もっとたくさんの小事件が伏在していて、三年前に、郡役所の増築のあった頃から胚胎していたものであったそうだ。町長、町会議員の選挙の時々に、行われていたいろいろな術策なども、法律上からいえば、立派に一つ一つの罪状となっていたのである。父親の行為からいえば、二年の刑期はむしろ軽いと云わねばならぬ。
「それが私の腕一杯でもあったし、また法律上の許す範囲では恐らくこれが限度だったのでしょう」
 最後に弁護士が、落付いた口吻(こうふん)で、云いおわったとき、庸之助は、大きな力でぶちのめされたような気がした。土気色な顔をし、手足を氷のようにして、うなだれている彼の唇は、ビリビリと痙攣していた。
「分りました。有難う、実に……」
西川口風俗
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2005年12月22日

父親から、

どうやら金を送ってくれたので、お咲はずいぶん助かった。有難いと思った。が、病気はどうしても悪い。このまま進んで行けば、また入院するほかなりかねないので、年寄達は気を揉(も)み出した。お咲自身も気が気でないと同時に、永病人に有勝な、我がままや邪推が出て来て、病み倦きた者と、看病疲れのした者との間にはとかく、不調和な空気が漲りたがった。浩はどうかして、一週間でも十日でも海岸へなり姉をやってみたいと思った。けれどもそれというのもすぐ金の入用な話で、彼の腕では及びもつかないことである。それかといって、誰かから出してもらって、ハラハラしながらする養生などは、結局何の役にも立たない。彼は、このごろしきりに金という問題に苦しめられる自分の頭をいとおしむような心持になった。もちろん彼とても、金を全然卑しむべきものだとは思っていない。けれども、自分の労力に相当するより以上の報酬を夢想して見たりすることはいやであった。どんなに困っても、友達から借りることなどはできない質(たち)である。よく新聞などにある詐欺に、かける人間も、またかかる人間も、望むところはただ一つなのだと思うと、浩はお互に可愛いところがあるというような気持になったりした。
 このごろではもうお咲も、浩に厭な顔ばかりを見せている元気もなくなった。一人でも親身に自分のことを心配してくれる人が有難く思われた。年寄達や夫だっていざとなればどうだか分らないというような心持もしたし、だんだん訳を聞いて見れば、あの夜のことも、浩ばかり悪いわけでもない。仕舞いには、
「お父(とっ)さんの考えるような出世は、今の世の中で出来ようはずはないわ。大学を出た立派な人だって始めは、ずいぶん廉(やす)くて働くんだっていうもの。浩さんなんかたった十九で十五円じゃ年からいったってねえ。それに学問のしようから違うんですもの……」
などと暗に彼に力をつけたりした。彼は自分と父親の間を周囲のものがいろいろなふうに考えているということに驚かされた。年寄は年寄達で、彼等が若かった時代に見聞きした通りの事件に近いものとして推察しているし、お咲はお咲で、父親が彼の出世の、のろいのを怒っていると思っている。彼は、傍からいろいろ云われて、仕舞いには、ほんとうに自分が考え、望んでいることは何なのか分らないようになってしまう。若い者達が無理でなく思われた。今の場合とは違うかもしれないが、一生の職業を定めるときなどに、あれが好い、これが好いとあまり智慧をつけられ過ぎた結果、とまどって方々喰いかじりのまま一生を過してしまう人などさえある。「各自は、各自の進むべき道はただ一本ほか持たない。それを一旦見出したら決して迷わずに進め、どしどし進め。岩があったら踏み越え、川があったら歩渉(かちわた)れ。倒れるなら、行けるところまで行ってから倒れろ!」彼は、一人の若者が、勇ましく両手を拡げ、足音を踏みとどろかせ、胸を張って、嶮しい山路、荒涼たる原野を、まっすぐに、まっすぐに、どこまでも、どこまでも突き進んで行く姿を想像して涙をこぼした。勇ましく力を張りきらせて暮して行こうと思いながら、理智でいえば卑小な感情にたとい一時的ではあってもほとんど心全体うちのめされたようになることのある自分を思うと、(彼は昔の学者やその他の偉かった人のように感情を殺すことはのぞまない。人間の感ずべきあらゆる情緒、情操を尊重している。真の人間となろうには、それ等のあらゆるものに共鳴し、あらゆるもののなかから、何ものかを発見して行くべきだとは思っている。が、ときどきほんとに小っぽけなこと、たとえば自分の仲間達が、自分に無理解な冷評を加えるときなど、超然としているつもりでも、内心はガタガタすることがあると、それは堪えようとする虚栄心で、一層心が苦しむ。憎んじゃあいけないと思っても憎む。憤っちゃあいけないと思っても怒る。或る程度までは、人間の本性として許すべきいろいろな感情も、度を越すと、浩には自分自身にとっては卑小に感じられるのであった。)雨が降っても、暴風が荒れまわっても、雲のかげには常に燦然(さんぜん)と輝いている太陽が、尊く思われた。自分等がこうやってあくせくして、喧嘩をしてみたり個人個人お互には何の怨みもないものを、大きな鉄砲玉で殺し合ってみたりしている上には、太陽が昨日も今日も同じに輝きわたっている。彼は何事をも肯定している。憎まない。すべての人間に同様の微笑を向けている。浩は、「すべて好い……」という言葉を具体化したらこういうものになると思った。
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